開業屋 原田 諦の飲食ビジネス情報  ≪飲食店指導実績 300社533店舗以上 日本一の飲食店・開業屋≫

原田諦先生の趣味・想いの世界


私のギター!
私は、クラッシックギターを若い頃に学びました。会社が終ってから毎日教室へ通って本当に熱心に学んだのです。私が習ったのは”カルカッシ”です。
給料が未だ3,000円くらいのときに、おばさんの力を借りて20万円ものギターを買ってしまったのです。当時のお金にすると大金です。そのおかげで、演奏会も4回ほど出ました。今でもその思い出が懐かしく、戻れるものなら戻りたいですね。
ところが、このギターが私の大きな力になってくれたのです。
銀座東京飯店で働きたくて、私は毎日銀座まで通いました。
「私を働かしてくれませんか!」しかし、社長は相手にもしてくれません。
「ワタシ店人いっぱいアルヨ。うちはダメデスね」
「給料は要らないから、何とか働かせてください」
「無理あるよ!ワタシこれ以上人イルは、私居られないヨ」
こうして、雇ってはくれません。

私がこの店へ入りたかったのは、日本で一番美味しい中国料理店であると聞かされ、門をたたいたのですが、全く相手にされませんでした。
しかし、一度決めたら何としてもこの店で働きたい!その一心で毎日毎日3ヶ月間通う続けました。そのうち、社長は呆れ顔です。しかし、入れてはくれません。
「アナタ、又きたアルネ!」
「どうしても社長の店へ入りたいのです!」
「無理あるよ、私友達の店紹介するイイヨ」
「いえ、東京飯店でなければ何処へも行きたくありません。だから、給料も要りません」
困った顔の社長。しかし、首を立てには振らなかったのです。
そんなある日、その日も川崎の二子新地(二子玉川園駅の次)から銀座の東京飯店まで言っていました。ランチタイムが終って、社長が出てきました。
「アナタ、又来た有るカ!一緒お茶飲むイイヨ」

「ハイ、ありがとうございます」
「アナタ、相当しつこいアルネ」
「ハイ、ソレがとりえですから!名前も諦めない。の諦と書きます」
「ははは、面白いですね。アナタ趣味なんですか?」
「ハイ、クラッシックギターを習っています」
「ギターですか!うんうん、明日も来るでしょう!明日聞かせてください!」
「ええ、判りました」
こうして、私は翌日、ギターを持って東京飯店まで行ったのでした。ピークタイムが終ると、社長が出てきて、
「アナタ、地下待っている良いアルヨ」
私は、店の地下ルームで儀尾ターを聞かせる事になったのです。
その曲は「アルハンブラの思いで!」でした。トレモロで聞かせる曲なのですが、地下なので非常にハーモニーがきいてくる。


この曲を聞いていた社長が目に涙を浮かべていたのです。ギターは、哀愁の音色が特徴ですが、この社長は、上海へ母親をおいてきて、ソレを悲しんでいるとの事でした。そのあとです。「アナタ、明日から店来るイイヨ!音楽好きな人、心悪い人イナイアルネ」
私は、このギターのおかげで東京飯店へ入る事ができたのです。
だから、いまもギターを大切にシテイマス。現在のギターの作者は黒澤澄夫先生の作です。
 釣魚の旅を夢見て・・・
私は、海釣りが大好きでこれまでには年に何回か出掛けていました。出掛ける先は、千葉県の房総沖か京都の伊根湾くらいですが、北海道の留萌でも一年に一回、ハワイ、中国の海南島まで出掛けるなど、これまで釣りにはまっていた。そのキッカケが、わたしの病気でした。
私は、若い頃、毎日アルコールをがぶ飲みしたり、毎日徹夜マージャン、赤坂の一流クラブに入りびたりなど、メチャクチャな生活をしており、今で言う”悪”でした。
その罰が胃潰瘍と言う病気になってしまったのです。現在では、ほとんどアルコールを口にしていませんが、でも、クラブの雰囲気は大好きなんです。
そんな私は、医者に胃の摘出を言い渡され、入院しました。ところが、相部屋で入院していた隣のおじさんが、有る夜中に亡くなってしまったのです。
其の夜、隣のベットが気になって、怖くて居られませんよ!病院を其の晩逃げ出しました。

それから、数日後、其の担当医者が私の店へ食事をしに来て”もうアンタは死ぬしかないから、せめて釣りでもしながら余生をゆっくり楽しめよ!”こういうのです。
其の当時、私は未だ22歳でした。そんな事いわれて、ハイ、とはいえません。
「先生!死ぬのは仕方ないですが、どうして釣りなんですか?」こう聞いたのです。
「お前は、生意気だが、いろいろ神経を使いながら仕事をしている処へ、アルコールをがぶ飲みをするから、胃が破れてしまったんだよ!だから、これを治す方法は、神経を休める事か手術しかないんだよ」
「もう、手術はいいですよ!」
と、こんな訳で、釣りを始めたのです。当時は、中野区野方に「ヘラ鮒釣堀」があり、そこへ毎日通いました。なにしろ、私の凝り性は半端では有りません。
釣竿から魚篭、当時のお金で200万円、特に竿は一振り100万円もするものもあり、何から何まで揃えて”ヘラ鮒釣り師”気取りの毎日でした。

そんな事があって、ヘラブナ釣りから、海の近くへ越してきた私は、今度は海釣りにはまっていたのです。とくに、自分が釣った魚は、コレ以上美味しい魚料理を食べたことがないほど、美味しいんですよ〜。アア、思い出しちゃった!!!行きたいな〜ここは東京だから、伊豆でも房総にも近いんだよね。私は、深海魚を釣るのが好きで、「メバル」「カサゴ」「ソイ」「ヒラメ」「アラ」「アコウ」などの、船釣りが好きなんで、東京湾ではあんまり満足しないだろうね。とにかく、この原稿書きが終ったら、釣りに行くぞー。誰か一緒に行きません!?これから深海魚は本当に美味しいんだよね〜。
中国の世界遺産”九寨溝”旅行の思い出!
私は、4年前に四川省の世界遺産に指定されている”九寨溝”へ旅行に行ったのです。
上海から綿陽空港まで一時間少しで到着。そこから13時間掛けても着かない本当に遠いところでした。途中には、ブルーの川が勢い良く流れて、上海の黄河を見慣れている私は、ホッとした。
”九寨溝”に着いて本当に感激、コバルトブルーの湖、赤褐色の湖、紫色の湖、なんとも見たことがない色の湖に感動しきり。帰りは、いろいろ回ったが、余り記憶にないような強烈なインパクトでした。帰り道では、中国の蒙牛牧場で蒙牛に乗ったり、四川では、赤山椒を買ったり、でした。



帰り道の出来事でした。バスが渋滞で動かなくなりました。道路が崖崩れの恐れがあるので交通止めになっているのです。それも、一時間も走ったところでの交通止めですから、もうどうしようもありません。しかし、入り口に標識も看板もなかったことから、皆が入ってくる。しかも全く横道がないことから、何処へも出られない。
そこで、一人の青年がそこから先へ車が入るのを止めているのです。皆がこれを突破しようとして、この青年に殴りかかりました。この青年は身体を張って、危険だから入らないで!と叫んでいるのです。しかも入ろうとする車にぶら下がって止めようとしているのです。このほうが危険です。

警官も沢山いるのにこの人たちを止めようとはしません。聞いてみると、何でも殴っているのはそこの村長さんらしい。私は、バスを飛び降りて、この喧嘩の中へ割り込んで止めに入ったのです。私が日本人だった事から、すぐに喧嘩は収まりました。喧嘩ではなく、青年が殴られていただけでした。
其の青年は、「有難うございました、今日は一日本当に嫌な日でしたが、あなたに会えたことがとてもいい日になりました。今度は、私があなたを守ります。中国で仕事をするときには必ず呼んでください。給料も要りません。あなた命を守ります」
なんと大げさであるが、嬉しかったんであろう。住所を書いた紙切れを渡してくれた。

それから3時間後、開通して成都に着いた。ここではお目当ての「四川火鍋」を食べる計画をしていた。とても上海で食べられるようなレベルではない。本当に美味しかった。この秘訣は、特産の山椒にあるに違いない。私は、ここで赤山椒を沢山かって持ち帰った。この体験が私の「四川火鍋」のレシピになっているのです。
四川省のたびは、感動の連続でしたが、素朴なたびでした。


中国古代思想家孔子曰く!
私は、中国思想家の本を読むことが好きです。ですから自宅には「論語」をはじめとする「十八史略」「故事名言」「三国志」「易経」「戦国策」と「中国の思想」を12冊かれこれ30冊近いものを大事に持っています。
とくに、人生観では、「老子」の思想が大好きですので、優柔不断に見えるに違いありません。自然に逆らわない生き方。自然とともに生きる。これがもっとも大切にしているライフスタイルなのです。
古代思想家と言えば、”孔子”が何よりも優先されるに違いありませんね!

「子曰く、学びて時にこれを習う、また喜ばしからずや。朋あり遠方より来たる、また楽しからずや。人知らずして恨みず、また君子ならずや。」この文は、良く私が色紙に書いたものです。
学問をすること、そして実践を通して学問を続けていくこと、これは無上のよろこびだ。しだいに同志ができ、見ず知らずのその同志達が集まってくる。こんな楽しい事はない。人に認められようが認められまいが、そんな事は気にかけずに勉強を続ける。これが本当の君子である。
これは、私が読んだ「論語」の丸暗記ですが、とにかく、この言葉が、私の現在を救ってくれているのです。

私は、学問などを勉強してはおりませんが、職業人として食の専門家として、食の科学・研究と専門知識をまなび、これまで実践してこれたのもこの言葉が勇気つけてくれていたのです。
そして、木に登れるはずのない豚が、何かの拍子に木に登ってしまったのです。ですから、とても怖いです。降りる方法も知らないんです。だから登り続けるしか、出来ないんです。どこかで落ちるまで・・・。
登っているうちに、メニューマーケティングと言う論文を書きました。これがアメリカの大学で認められ、経営学博士というとんでもない名誉を頂きました。

人に認められようなんて一度も考えた事などありません。自分のために学ぶ、これが私にとって生き甲斐でした。今でもこれは同じです。
現代社会人は、自分を失っているように感じます。全て回りを意識しすぎるから、自分が見えなくなってしまうんですよね。
私は、好き勝ってに生きていますが、この生き方は、我がままと言われるかもしれませんが、本当の生き方だと考えているのです。

ベトナム研修旅行で”大日如来像”を買う。
私は、数年前になるが、我が社の顧問先を引率して、ベトナムの海老加工工場の見学をした。全員が長い取引先ということもあり、旅行気分で出掛ける事にした。案内人は、ベトナムに友人が居るという静岡テレビ局のディレクターであったが、とにかく、私はベトナムを知らなかった事から、案内を依頼したのであった。
成田からベトナムへ向かう。初めてのベトナムは、とてもワクワクする。同行者達もそわそわしている様子であった。空港からホテルの送迎バスでホテルに着いた。チェックインをしようとしたところ、案内人の彼が、
「大変だ!ショルダーバックが切られているよ」こういうのである。
みると、肩にかけていたショルダーバックが切り落とされて、現金とパスポートが紛失している。彼は、何回となくこのベトナムへ来ているので、皆には、
「スリに気をつけてください!」と飛行機の中から、バスに乗るまで言い続けていたのです。

その彼が、真っ先にこういう災害にあってしまったのだ。皆が、お金を出し合って、何とかなったものの、パスポートは領事館まで言って許可書を貰って、帰国するまでに間に合った。
この研修期間に、いろいろな野菜市場や海老の加工場などを見学して共同仕入れを検討したが、結論を帰国して決定する事にして、みんなが旅行に徹する事になったのです。
現地では、長谷川仏壇の会社の人がいろいろ面倒を見てくれたり案内してくれて、大助かりでした。
その見学の中で、漆製品の加工場に行ったときでした。とても驚いたのは、その技術の精巧さとそこに働く従業員達が、とても真面目に一心不乱で商品を仕上げている姿でした。
その出来栄えは、本当に素晴らしいもので、感激したほどです。

さらに、レストランを見学させてもらいましたが、ビックリしたのは、日本の飲食店の調理場よりも清潔で綺麗に磨かれていることでした。
私は、皆に言いました。
「皆さん!私達はベトナムという国を見下げているような言い方をしますが、この国は、イギリス領土だった事もあり、本当にアジアの国の中でも管理が行き届いていますよね。帰国したら、この厨房に恥ずかしくないよう、従業員教育を徹底してください!」
皆は、眼を白黒しながら、厨房を見ていてうなずいていた。ここでの食事に彼らは「香菜(コリアンダー)」が食べられなくて、私一人が楽しんでいるのでした。
そして、国営の工芸品加工場に行ったときです。ここでも漆製品の作品をメインで作っていたのですが、そこで目に付いたのが、花梨のムク木で「大日如来像」が彫られていたのです。

座には龍が、その上に大日如来が彫られていたのです。私は、この像が欲しくなり、交渉の末に買ってしまいました。当時、5万円でしたが、重たくて持ち帰られません。船便で二ヵ月後に到着しましたが、今でも大事に京都の実家においてあります。とてもいい顔立ちをしており、癒されます。
その旅行から、帰国した皆は、ベトナムの素晴らしさに感動していた模様です。
老子”曰く!料理とは!
飲食の道を歩いて、かれこれ40年経った。随分長い間この仕事をしてきたものだと思うが、別にこの仕事を好きで入った道ではなかったのです。
わたしは、幼いころから一人遊びをさせられてきたことから、いつも何かを壊したりしてその壊したものを元に戻すなどの遊びが多かった事を覚えています。
とくに、ラジオを何回も分解して物凄く起こられたことなど。こういうわけで、私は電気無線技師になることに憧れていたのです。
そのために、当時、専門学校であった「土浦無線高等学校」の入試を受けるほどでした。しかし、家庭の事情で、この職業に付かなければならなくなり、親戚があった東京大田区のラーメン店へ勤めることになったのです。

働く事は好きな私は、仕事が楽しいというよりも、働いていることが楽しくて夢中に働きました。でも、電気工を忘れることが出来ず、店を飛び出し、それから「コンデンサー会社」「バルプ会社」「時計工場」「サッシ会社」など技術部門で働いてきたのです。
そもそも、手先が器用な事もあり、何時の間にか何処の会社へ言っても、リーダーになっていたのですが、義弟が学校へ行きたい!という事に、自分を振り返り、この飲食の道へ戻る事になってしまったのでした。
それでも、好きな仕事でもないものへ人生目標を掲げるのは難しいものでした。ちょうどその頃です。私が”中国思想”に興味を持ち始めた頃です。
老子の言葉に
「天と地の恵みを頂き、水や火の力を借りて、土から得た器に飾り、ある命が別の命を育んでゆくと言う、玄妙なる道の理を料り行く手続き、それを古人は”理を料る”所以を持って”料理”と名づけた」

と、言う言葉に出会ったのでした。この仕事は、ある命(食物の全て)をもって別の命(人間の生命)をはぐくみ、命と命を活かし合う仕事なんだと、自分自身で思い込んだのです。
それ以来、もう、この仕事以外に仕事は考えられませんでした。
そうです。よく”いただきます”と、言う言葉は、ある命をいただくから手を合わせて感謝するのです。ですから、私は、食物を捨てる事はありません。食材でもギリギリまで使用します。この全てが命だからです。
私は、阪神大震災に、炊き出しに行きました。これも、うどんチェーン店のコンサルをしていた当時でしたので、会社へ提案して三日間、その悲惨さよりも、私は命の尊さの方が大事だと思ったからです。命の活かし合いとはこのようなときに使う言葉だと思ったからです。

老子の書物が残されているのは僅かです。しかし、その中の「道」と「理」に関心を抱いて、この料理人の道へ入ったことを今では、誇りに思っているくらいなのです。
昨今の人間達が命の奪い合いをしている事は、もう、「道」も「理」もなくなっていると言う事なんでしょうね!

物価の高騰は、これからどうなる!
物価が高騰しても、私ごときがどうすることも出来ないが、やはり影響は大きい。
特にフードビジネス業界にとって、食料品の値上げは大きな痛手となる。また、食品の高騰もあるが、輸入食品などは、輸送費の高騰もあって、現在、20%以上の値上げを告知している業者がパンフを配っている。
オイルの高騰は、70年代に第一次オイルショック、第二次オイルショックと相次いだ。
その当時は、消費者物価指数が23%も上昇して、狂乱物価時代とまで言われた。スーパーやデパートでは、買占め騒動が持ち上がり、トイレットペーパーや洗剤など原油と関係のない物資買占めなどの社会現象が発生した。
ガソリンスタンドが閉鎖されたり、テレビ・ラジオなどの放送規制も起こるなど、パニック状態であったことを覚えている。

しかし、今日では、こうした原油価格高騰の影響は、世界的に生まれていることを考えると、本当にどうなる事であろう。
弱者日本は、混沌としている。
これから、自給自足を考えていかなければ、食糧問題は更に膨らんでくるに違いない。減反政策なんていっている場合じゃないでしょうね。
町おこしコンサルで、本当に腹ただしかった事は、減反政策を施行させるために、田や畑に、蓮華草やコスモスの種を蒔かせ「美化運動」などと、減反給付金を政府が支払っている事です。もはや、こんなことで澄まされる状態ではありませんよね。
ともかく、中国へ行っても日本にいても、物価が高騰していることが何より心配でなりません。だって、一般所得者は収入が減少しているんですよ。
な〜て、偉そうなことを書いてみました。
 
作很慢!でも、上海へ行く事情が・・・
いよいよ、顧問先の店が開店まで一ヶ月に迫ったのです。
本来は、私がこのように入り込むことはないのですが、今回だけは心配で見ていられない。
前日前々日の二日間も入り込み、新人の採用テストやモチベーション勉強会を開いた。
三号店の出店は、人材が育っていない限り運営すること事態に無理がある。とくに、中国人を中心に雇用するこの店は、危険極まりない状態なのです。
飲食店の経営は、誰でも、いつでも、何処でもやれる。と勘違いされがちですが、経営は屋台経営であろうが、年商100億円の商売であろうが同じです。
そこの違いは、投資金額と損益の開きだけなのです。ですから、どのように小さい商売であろうが、その人の資金範囲で経営をするのであれば、失敗すれば、屋台の経営でも人生の岐路に立たされるのです。
あと一ヶ月、残り少ない時間の中で、私は、11月28日から6日まで上海へ行かなければなりません。仕事ではなく、自分ごとなのですが、自分の体のことなので、どうしてもはずす事ができないのです。でも、この店のことが心配で心配でなりません。

いま、上海は「上海蟹」が一番美味しい季節です。ついでにこの蟹を思う存分食べて帰ってきます。
それと、私の友人が、アルバイトで上海のガイドをしたいと言ってきました。女性ですが、とても真面目な方で、もと私の会社に勤めていた部長です。日本語が少し話せますし、買い物交渉、グルメ案内などが得意だそうです。私も、何回かお願いしています。上海の店は、日本人の買い物客に纏わり着いて、吹っかけて売りつけますが、こういう人が着いていると安心です。女性同士のプライベート旅行など、ありましたらご紹介しますよ〜。
料金は、旅行会社のガイドではないので、半額くらいでよいそうです。一日400元。
よかったら、上海蟹を食べに行って見ませんか!チケットも今は結構安いです。今回私は、チケット代36,000円全部で49,000で往復できるのですから、
もし、お仲間がいましたら、私も誘ってください!一緒に行きましょう。
秋が寂しいと言う、中国人!
私は、どう言うわけか中国人の友人が多い。中国料理の専門家として見られていることが仕事柄、こういう人たちが集まっているに違い有りません。
この中国人たちが口を揃えて言うことが「秋は寂しいから嫌い!」と言うのです。特に女性に多いのですが、不思議にほとんどの女性は、日本の秋が嫌なようです。
話を聞いてみると、落ち葉があちるあの光景が寂しさを感じさせると言う事ですが、それを言うならば、中国も同じように、街路樹の落ち葉が日本どころではなく多いのです。
考えてみると、海外生活でこうした感傷に耽っていることなのでしょうね。たしかに、私も、中国で生活している頃に、街の中になる公園に行きますと、こうした時期には、日本が恋しくなったこともありましたね。
ですから、最近では、中国人の女性友人からの電話が多いように思います。でも、私の仲間は、名古屋に住んでいる友人が多いので、そこまで行ってあげることもできません。中国人に限らず、こうした季節には外国人に優しくしてあげてください。個人的なお願いです。
昨日、京都から帰ってきましたが、今年の京都の紅葉は遅くなるみたいですね。いつもならば、森の中の落葉樹の種類によっては、黄色く色づいていることがおおいのですが、今年はその気配が全く有りません。私は、季節の変わり目が大好きです。何となく、自分も変われるような気持になるからなのです。今年は絶対に紅葉狩りに行きたいな〜。
東京に住んでいると、これまで満たされていた環境に後悔する事もあります。でも、近くの公園でも我慢できるかな〜。
小規模飲食店の開店に奮闘!
昨日は、ブログを休んでしまいました。これには訳があります。
実は、新しいクライアントのコンサルティング初日でしたので、宿泊を取ってもらい一泊二日で指導に当たりました。ところが、ホテルにインターネット回線がなかったのが理由です。
さて、小規模飲食店の指導は、経営者の代行みたいな状況になります。従業員の面接、調理人の意識付け、店舗のチェック、商品チェック、経営者とのヒヤリング、売上成長に対する戦術指導、などなど、数え切れないほどの仕事があるのです。
それが深夜に至るまで続くと、少し疲れを感じますね!
しかし、初日ですので、しっかり調査しておかないと後でいろいろな問題に対処できませんので、二日掛りで終らせました。
これから、そのデーターを基に指導方針を決めなくてはなりません。しかし、経営者は本当に孤独なのです。経営相談をできる人は、銀行の支店長やコンサルタントぐらいしかいないのです。とくに、経営が行き詰っているときなどは、銀行へも相談できないこともあるでしょう。こんなときに、経営コンサルタントの力が必要になるのです。ですから、机上論や正論ばかりを述べているコンサルタントは、役に立たないと言っても過言ではないのです。
今日のクライアントは、若い経営者ですが、大きなビジョンを掲げて頑張っているのですが、右腕になる人材がいないために、パニックになっています。
でも、経営者って、こんな時期が必ずあるものですよね!この会社が安全に成長できるように今後は本気で指導するつもりでいます。
来る者、去る者!
人間は、いろいろな人との出会いがあり、別れがありますね。
現在では、プロ野球人の引退とドラフトによる入団もあり、「来る者、去る者」がドラマチックに展開されています。
私たちにしても、出会いによって仲良く付き合える人、別れる人、これが常にあることを忘れてはならないことですよね。
私は、別れが一番嫌なことです。しかし、何時の間にか大勢の人と別れているのですよね!
出会いが嬉しくて全国の飲食店をコンサルティングをしてまいりましたが、数え切れないほどの人と出会いました。忘れられられない人も沢山います。しかし、少しの間交流がなくなると、何時の間にかわすれられてしまうものです。
私は、プロ野球を見ていて、感動したことがあります。ヤクルトの古田監督、鈴木健二選手が今年引退するのですが、鈴木選手の引退試合で、最後のバッターボックスに立ったときに、横浜ベースターズの村田選手がファールボールをわざと補球しませんでした。鈴木選手の最後のバッターボックスに敬意を称して、あえて補給しなかったのです。
私は、村田選手のあの思いやりに胸が熱くなりました。例え別れる人に対しても、この思いやりがなければ、本当の心の持ち主とはいえないと思うからです。鈴木選手は、最後のバッターボックスでヒットを打ちましたが、彼が嬉しかったのはヒットを打ったことではなくて、村田選手のあの思いやりにあったに違いありません。私たちは、俗な世界に生きていますが、彼らのような人間としての優しさを持ち続けたいものです。

人生目標を掲げて!
わたしは、20歳のときに交通事故で、片足を整形手術している。一年半の入院で何とか完治したものの、それから二年くらいは、足が浮腫んでまともに仕事が出来なかった。
その時の医者が日大医学部の石川先生と言う方だった。「君!君の足を私にくれないかね!」当時、私の足は腐敗しており足の上を虫が飛んでいた状態だった。切断をしたほうが直りが早い、と医者から言われていた私は、一応の覚悟をしていた。私は、「どうにでもしてください!」こういうほかなかった。
それから16回の手術が続いた。整形技術が余り発達していなかった頃なので、テレビカメラが三台も入って、毎回大変であった。無事に足は繋がった。そのとき、先生は「君の足は10年だよ!」こういわれた。当時22歳の私は、10年の人生計画を立てなければならなくなった。10年で足がなくとも生きていける仕事を探すか作る事だ。最初は、それまで学んでいたクラッシックギター教室でも、と思い、仕事の合間を見て、必死に学校に通ったが、仕事が中国料理人。鍋は重たいし、庖丁も重たい。腕や指は太くなるばかり、とてもトレモロなどを引ける繊細さは生まれない。
そこで、こんどは経営者を目指した。経営者に成るための勉強を必死にした。色々なセミナーへ参加したり、コンサルタントの先生にアドバイスをもらったりして。ところが10年立っても足が動いていた。そこで、わたしは、あと10年後には、指導者になろうと決断していた。それが、現在の経営コンサルタント業でした。
 無人島で暮らしているような毎日では、人が恋しいね!
部屋に閉じこもって、かれこれ三週間にもなる。もちろん、買い物や多少の用事に出る事もあるが、ほとんどが部屋の中です。
こんな生活をしてみると、チョット寂しい気がするね!自分でもおかしいのですが、歯医者へ行くのも何か嬉しくなるような気持がするのです。本当は面倒くさいし、何をされているのか分らないのでイライラしているのに!
私は、もとより寂しがり屋な方なので、いつも周りには大勢の人がいたし、常に人の輪の中に居たのです。そんな雰囲気が大好きだった事もあり、このコンサルタントという仕事に就いたのも事実です。毎日いろいろな人とお会いできるこの仕事は楽しいです。
この一年間、一人で生活をして、感じた事は、”一人暮らしは誰にも束縛されないところがたまらない!”と言う事です。でも、この寂しさは少し辛いですが、慣れてくれば大丈夫だろうと思います。
私は、上海へ一人で行きますが、いつも一人です。ホテルに入ると、ほとんど部屋から出る事もなく、仕事をしています。ですから、上海でも日本でも余り変わりはないのです。しかし、友人や知り合いの上海人とは、よく食事をしたりしますので、日本より楽しい事が多いです。
最近では、現地で日本人にあっても以前ほどの感動もなくなりました。日本人が増えている事もありますが、自分が上海に慣れている証拠だと思います。
いずれにも、この生活から一日も早く脱皮しなければ!と考えております。

人間は覗き趣味!
今日は、原稿が思いのほか順調に進んでいます。昨夜はほとんど寝ないで仕事です!それが効したのか、とても順調でした。
腹が減ったので、いつも行く、近くにある台湾人の店へ食べに行った。そこの夫婦が私に「お客さん!お客さんの部屋は幾らですか!」私は「家賃ですか!」こう聞くと「ええ!」
「どうしてですか?」すると、「来年、このビルを建て直してマンションにするんですよ」こういうではないか。
未だ若い二人なのに、凄いな〜。このあたりは、土地も坪当たり250万円から300万円らしいです。
さらに、この夫婦は私に色々聞いてきた。大家さんのこととか、部屋の間取りや生活パターンなど、早々に帰宅したのですが、この夫婦は何を知りたかったんだろう?
私は思いました。覗き趣味かな!人間は人の生活や見えない部分を覗きたがる性格がある。
この日記にしても、綺麗ごとを書いていても誰もが面白くないだろう。
生活や喜怒哀楽の部分が多ければ多いほど、読み手は面白さを感じることでしょう。
そのせいかな!最近、私のブログのアクセス数が増えてきました。一週間で600人からアクセスがあるようになったのです。目標はとりあえず毎日200人です。はやく、小谷さんに追いつけられるよう頑張ります。

友人との付き合いについて!
今日は、明日から出張で部屋を空けることになるので、洗濯や掃除をして相変わらず原稿書きに暮れた。中国の友人から二人も電話を貰ったが、最近どうも、中国人に好かれているらしい!
わたしは、料理の修業時代から中国人との仕事ばかりなので、別に違和感もないが、事務所を東京へ移してから、特に中国人からの問い合わせが多いような気がするのです。
私は、修業時代から中国人の経営者について学んでいたので、友人も中国人が多かったのです。当時は、中国人同士の結束が固くて、日本人が本音で付き合える人は少なかったような気がします。、日本人の方が、敬遠していた事が原因かもしれませんが、私は仕事柄、中国人の付き合いががほとんどでした。
私の友人の中に、「孫 世良」という、上海から来ていた男がいました。彼は、顔がニキビだらけでゴツイ顔をしておりましたが、凄くやさしい男でした。
今は何処にいるのかが分りませんが、別れたたときは、神戸へ行ってしまったのです。
彼との仲は、日本人の友人よりも深く、兄弟みたいな付き合いで、お互いに料理技術の向上を競い合っていた事から、いなくなってから、私は何となく気が抜けたような日が続きました。
料理人として、やっと一人前になり、彼を探しましたがどこにいるか分りませんでした。



それぞれが、修業しているときには、師匠について店を歩く事が多いことから、離れ離れになってしまったのです。風の便りに、結婚したとか、上海へ帰ったとかの噂を聞きましたが、今でもとても会いたいです。
もちろん、日本人の料理人仲間もいましたが、年を重ねていくうちにばらばらになってしまうのは残念です。これが現役の料理人でいれば、繋がっている人もいるでしょうが、コンサルタントになって、これが一番寂しい想いがしています。
人間は、一生のうちで何人くらいの人間と出会い、別れ、そして、最後は何人ぐらいの友人と呼ばれる人が残るんですかね!
生涯、友人は大切にしたいものですね。

 
喜ばれるって、どんな事でも嬉しいね!
飲食業は、人に喜ばれる事を生き甲斐にしている人ほど、成功しやすいと言われる職業ですが、最近では、喜んでもらうのも大変ですね!チョットの事では感激してくれる時代ではなくなったからです。
先日、私は友人のお姉さんから物凄く喜ばれました。こちらのほうが恐縮するほど喜ばれたのは久しぶりの事です。
実は、この方が、水晶の念数珠が欲しかったらしいのですが、どうも手に入らなくて諦めていた様子だったのです。友人からその話を聞き、私は上海の友人に頼んでこちらの仕様書で作ってもらったのです。
二週間後、上海から送られた品物を友人に渡そうとしたのですが、そのお姉さんに直接渡してくれとのことでしたので、もって行きました。ところが、その方にとって、この念数珠は夢にも見ていたほど欲しかったのだそうです。顔を赤らめて興奮しながらお礼を言うのです。
こんなに喜んでもらえたら、嬉しいですね!
今日は、26日にある「プロのための店舗塾第三回目」のレジュメ作りに終りましたが、このレジュメも、塾生に喜ばれるよう、気を入れて作っています。
私は、たくさんの人に喜んでもらえるような飲食店を作る事が夢ですので、これからも、頑張ります。皆さんも応援してくださいね!
大手百貨店の従業員レベルって、こんなもの!
今日は、何だか体がだるくて、仕事が進みません。そこで、水曜日に控えている「プロのための飲食店店舗塾」の生徒用の資料を作成して、テレビを見ていました。たまには、こんな時間があってもいいよね!
そこで、見たものは「松坂屋」と「大丸」の百貨店が合併しての活性作戦でした。
しかし、それを見ていてがっかりしたのです。松坂屋のサービスがお客様への”声かけ”が大丸よりもはるかに少なく、これをレベルアップしなければ売上アップは難しいだろうとの意見が出たのです。
しかし、これへ複数の幹部から意外な返答が帰ってきたのです。「これまでのやり方を変えると、基の従業員が嫌がる」とか、「新しい事へ従業員が反発する」など。これが本当に幹部が言う言葉なんでしょうか。社員の使命感やお客様へのサービス精神など欠片も見えません。
わたしは、飲食店の従業員教育を続けています。そのレベルアップをする上で、従業員とのコミュニケーションを作るのが大変ですが、このようなレベルではありません。
そこに、お客様の存在が全くないサービス業、しかも、日本を代表する百貨店グループです。
恥ずかしくなるとともに、飲食業界のレベルが彼らに勝っている、と言う事を確認できてホッとしています。
本当に、日本を代表する百貨店業界がこんなレベルで百貨店の競争が続いていくのでしょうか。これでは、どんなに組織を変えようが資本提携しようが同じですよね!
飲食店の経営者って、クリエーター?
私は、フードビジネス業界へ入って40年にもなるが、振り返ってみると、現在の飲食店経営は、全くと言うほど経営者の意識が違っています。
昔は、家族が生計を立てるための仕事として成り立っていたものが、現在では、ファンドを立ち上げ、あるいは株式上場を狙ってなど、マネーカンパニーを目指している経営者も多くなっています。これは、現在急成長の中国でも同じような事がいえるのです。
この経営者タイプを分けてみると、フードクリエーターと事業家と言う事になるでしょうが、実は、今でも生業稼業のタイプの経営者も存在しているのです。
しかし、どの経営者タイプであろうが、飲食業がサービス業である限り、お客様への喜びの創造を欠かすことは出来ません。こういう意味では、飲食業に従事する人間は、すべてクリエーターでなければならないわけですね!
また、この世界の人は、私も含めていえるでしょうが、”思い込みが激しい人種”でもあるのです。この特徴は、自由業にあるものと考えられますが、自分が考えている事を具現化できることが何よりも、思い込みを強くしているのでしょう。
それが、経営者の”喜怒哀楽”の原因にもなるわけですから、覚悟しなければなりませんね!
美味しい料理、心地よいサービス、居心地の良い店の空間、これらの全てをクリエーティブに維持しなければならない飲食店経営、大変だよね!

歯医者との格闘!
今日は、経費の振込みをする日だったので、錦糸町駅前のATMまで出掛け、歯医者へ行く事になった。しかし、2時半の予約が入っているのに、休憩時間で先生が出てこない事から15分も遅れてしまった。少しむかついていた私は、先生に、「この治療はいつまで掛かるんですか!」と、聞いた。すると、「原田 さん!歯の治療は少しづ進めないと出来ないんですよ!」と言われた。
しかし、かれこれ、二ヶ月以上も掛かっているのに、まだ一本の抜歯をしただけなのです。そこへ、今度は、この歯を入れる治療が残っているにもかかわらず、一日かけて奥歯を少し削ったり、別の歯をいじったり、ばかりです。
私は「先生!済みませんが、治療のスケジュールを教えてください。出張に出掛ける都合もありますし・・・」、すると、先生は、「分りました!今日は、かぶせる歯を削っておき、今週中に型を取りましょう。」「来週には新しい歯を入れられますよ」こういうのです。
ならば、どうして早くそれをやらなかったのでしょう。どうも、この歯医者が信用できないのです。しかし、今更歯医者を変えるわけにも行かず、諦めの心境です。
でも、今は、歯を削る際にした麻酔がなかなか取れないで、晩ご飯も食べられない状態なのです。明日は、「店舗塾」の講演があるのに、大丈夫かな〜。
今日は、歯医者との格闘で一日が終りました。


仕事が出来ない人の言い訳!
今日は、日本フードコンサルタント協会の電話とFAXを引く事ができました。これで、あとは、協会資料と教育カリキュラムが出来れば第一段階が終了します。未だまだですね!
でも、私の一生の仕事ですので必ずやり遂げなければなりませんよね!
さて、”仕事人”という人に良く出会いますが、どうも分らないのです。仕事をしている人はみんな仕事人じゃないんですか!
そんな中で、私が見る仕事人というか、仕事のできる人と出来ない人の見極めがあります。
これは話をしてみると分るのですが、とにかく”お喋り”の人に仕事ができる人は少ないですね!話が上手の人とお喋りの人とは明らかに異なりますが、お喋りの人は、自分の能力を認めてもらおうとして、話すものですから、相手をけん制したり、威嚇するような話になりがちです。これでは、仕事に繋がるはずはありません。
結局、言葉のやり取りの中で、仕事を断られたり、呆れられたりしてしまうのです。でも、これに気づかない人が仕事が出来ない人です。
仕事ができる人は、相手の話に耳を傾けることだけに専念します。自分の意見は、仕事についてからでよいのです。仕事に入る前から、相手を威嚇してしまっては、相手が一緒に仕事をしようなんて思いませんよね!
お喋りの人とよく会う事がありますが、話の段取りが出来ないのです。文章には、「起・承・転・結」という、基本があります。

しかし、話は自由にできるものと考えられることから、勝手気ままに話すのです。でも、その話が相手に伝わらなければ、仕事にはなりません。また、話の在り方によっては、ビジネスに繋がらない事もあります。
ビジネスへつなげるための話し方として、
1、相手の要求をもらさず聞き取る。(聞いてもらうことによって相手は親密感を抱く)
2、要求に対して、その場で意見を言わない。(相手はこちらの慎重さを評価する)
3、自分の苦手な部分をはっきり伝えておく(相手に誠実性を訴えておく)
4、初めての相手とは、電話でのビジネス会話をできるだけ避ける。(仕事内容が明確に把握  できない状況での仕事の話はあさはかで、相手に無能力の疑いを掛けられ易い)
5、必ず、相手と会って話せる機会を交渉する。(ここからがビジネス交渉の場になる)
このように、相手との話のスタンスをもっている事が大切ですよ!
むかし、我が社に、お喋り社員がいましたが、とにかく話がすきなのですが、会社のあることないこと、余計な事までしゃべるものですから、社員間での信用がなくなりました。
仕事をさせても、口ばかりで結局、仕事を取ることも管理する事もできませんでした。こういう人間は結構多いものですよね!
人は、相手の話し方で能力が分る!良い人と言われる人、仕事ができる人、と呼ばれる人間の違いは、話し方にも戦略があるのです。
2007年09月30日 日本の秋は、”炊き込み秋刀魚めし”が一番!
今日は、秋らしい陽気で何よりでした。これから少しの間は、美味しい食べ物に出会えるので嬉しいですね。
半そでで外に出るとチョット肌寒い陽気でしたので、買い物に出掛けました。秋のシーズンは八百屋さんや魚屋さんの店頭には、美味しい秋の味覚が並んでいて、つい見ると買いたくなってしまいますね!今日も、魚屋の前に立つと、生の秋刀魚が美味しそうに並んでいるではありませんか!さも早く買ってください!と言わんばかりに!わたしは、この秋刀魚の誘いに負けて、二匹買い求めてしまいました。
そこで、今日は、私の晩御飯は、炊き込み”秋刀魚めし”に決まり!部屋に帰って、早速、米を洗い、40分過ぎたところへ、生血を洗い流して内臓と頭を下ろした秋刀魚を乗せ、そこへ今日は、舞茸、シメジ、えのき、しいたけ、をいれて、味醂とお酒、醤油と少々の出し汁を加えて炊き込みました。出来上がること40分。
もう、美味しいなんていうものじゃありませんよ!
ジャガイモの味噌汁とデザートは”柿”でした。一人暮らしの中で、こんなに贅沢な食事は初めてです。何かと面倒くさいしね〜。
でも、やはり料理人時代でも秋の季節は嬉しかったね!食材の旬が短いほど旨みが凝縮されているんだね。ご馳走様でした。
中国の中秋にちなんで月餅を喰らう!
今日は日曜日、原稿書きも現在七章目に入りました。
明日は、あの嫌な”歯医者”へいく日です。でも中途半端に出来ませんので行くつもりですが、早く終らせてくれないかな〜。
さて、昨日は中国の中秋で、上海の友人から上海では有名な”杏花楼の月餅”が送られてきました。私は、この店の月餅が大好きで、毎年欠かさず買い求めています。ところが、紅高粱の王社長からも月餅を貰ってしまいました。彼に頂いたのは”上海老大房”の月餅です。どちらが美味しいかこれから食べ比べるつもりです。
しかし、食べ過ぎると、太りそうな気がするので、プーアル茶を飲みながら楽しみます。
食べることに”意地汚い”のは、なぜなんだろうね!私は、家が貧しかったのですが、母が贅沢で、お金もないのに毎日ご馳走ばかり食べていました。当時の生活を振り返ると、なんて馬鹿な母親なんだろうと思います。その頃は、田舎暮らしで、本当に芋や麦ご飯が当たり前の頃でした。しかし、我が家では、肉や魚が贅沢に食卓に並んでいたのです。
こうして育った私が、何時の間にか飲食業界へ入ることになってしまいました。そこで、今度は、師である小熊辰夫先生から、”原田君!飲食コンサルタントは一番美味しいものを食べて、美味しさの経験を積まなければ駄目ですよ!”と、こういわれたのです。
その努力をするまでもなく、調理人であった私の口の中には”旨い!”と言われる料理のほとんどが入っています。これではお金は溜まりませんよね!
自炊の楽しさを味わう!
今日は一日原稿を書いて終わる。今のところ順調に進んでいる。この分だと2が月くらいで完成するかもしれない。何しろ、書き下ろし原稿では、資料のチェックやデーターの解析などの作業に時間を取られる。
こうした室内業務の時には、自分で食事を作ることにしている。今日は、長ナスを用いて”魚香茄子”(ユイシャンチェズ)を作った。豚肉の短冊切りと茄子を酸味のついたソースで炒めた料理です。これと自家製の塩辛、冷やしトマトの献立だ。
小さなガスレンジ一個しかないので、大げさな料理は出来ないにしても、結構楽しんでいる。これまで、自炊などしたことがないことから、面倒と思っていたが、やってみると、中々楽しいものですね!
最近では、刺身なんかも自分で魚を下ろして、造っているよ。でも、一人で食べるのは何となく美味しさを感じさせないね。それと、買い物が非常に大変!面倒くさいから、野菜や肉類をまとめ買いをするんだが、今度は冷蔵庫の中で悪くなってしまうから、急いで食べなくてはならない。またまた太っていくような気がしています。
私は、アルコールを飲まないのに酒肴料理が大好きで、いろいろ皿数が揃っていないと満足できないんです。
数年前まで、毎年クライアントの関係者や友人達を招いて私の手料理で”花見会”を行っていたのですが、また開催したいですね。そのときには顔を出してください!
章と話し言葉について!
今日は、フードコンサルタントを目指している人のために、文章と言葉について書いてみようと思います。
文章を書くには、読み手の誰もが理解できるように、簡単明瞭に表現しなければなりません。言葉で表現する場合にもそれは同じです。ただ、読み手や聞き手が混乱するような組み立て方は避けるべきです。
私は、フードコンサルタントの草分け的存在であった「小熊辰夫先生」に師事しましたが、このことを一番教えられました。
「原田君!できるだけ専門用語や外国語を使用する事は避けなさい!相手がより分りやすく書き、話す事が大切ですよ」。この教えを今でも意識しながら、講演をさせてもらったり、原稿を書いたりしています。
文章や記事の場合は、後々残っていく事から、誤字や脱字に気をつけて、何回も読み直して校正することが大切です。また、講話の場合には、すぐに消えてしまうものですから、大切な部分では、印象に残るような言葉の表現が必要になります。私は、上手では有りませんので話し上手な人が羨ましい限りです。
ただ、日記やこのブログのように、話し言葉を文字にする事は楽しいですね!本当は、この表現のほうが親しみやすく、相手によく理解してもらえるのではないだろうかと、考えるときもあります。
とにかく、話す練習の場を作る事、文章をたくさん書いてみること、これが私たち職業人としてのトレーニングなのです。
美味しい料理は、時には人の人生を変える!
今日は、私の体験から美味しいものとの出会いを書きましょう。
人間には、人生の中で一生忘れることができないような”美味しいもの”に出会うことがあります。その料理が、大した料理でなくとも、その時、その味がわすれられないと言うものです。それが時には、人間に勇気を齎してくれる場合もあるのです。
私の第二の故郷は、北海道ですが、それには深いわけがあります。三十代後半でした。人生の岐路に立ち、悩み苦しんでいたときに、私は北海道の苫小牧までフェリーで渡り、そこから、第二の人生を決断しました。それが現在のコンサルタント業だったのです。
なぜ北海道へ渡ったかというと、20代に料理人仲間三人で北海道の旨いもの食べ歩きをしました。その時出会ったのが、網走湖の「ヒラメ」でした。当時、お金も少なかった事もあり、網走湖の近くで漁師に獲れ立ての平目を譲ってもらい、土手に生えていた”丘山葵”をすりおろし、刺身で食べたのです。そのときの美味しさは、今でも経験ありません。また、留萌の食堂で食べた”ウニラーメン”これも絶品でした。そのときの幸福感が残っていたのです。
私は、北海道へ行けば、何となく幸せな気分になれるのでは?と考えたのです。
ですから、今でも留萌の元クライアントに年に一回出掛けていますが、それは、北海道へお礼の気持です。
わたしは、料理人であったことに感謝しています。何故ならば、私が経験したように、人生を迷い、苦しんでいる人に、料理を通じて幸福感を齎してあげられる職業だからです。


世界陸上で興奮!(今日の誰でもわかる飲食店管理学)
今日は久しぶりに、部屋でゆっくりしました。世界陸上を見ていてとても興奮しました。とくに、女子の10,000m、福士さんが出場したレースですが、感激したのは、ラストシーンです。最後のラストスパートには、感激しました。これまで9,600メートルも走っているにもかかわらず、エチオピアのランナーは、短距離でも走るかのように走り去りました。世の中には考えられない事がたくさんありますが、彼女達みたいなパワーがあるのは、羨ましい限りですね!
いま、原稿書きが少し、スローペースになっています。歯が痛いのとコンサルタント協会の設立準備で遅れていました。まだ、三章目に入ったばかりなのに!明日から、頑張って書くよ〜。





さて、誰でもわかる!飲食店管理学にはいります。
きょうは、人事管理を説明しましょう。飲食店の人事管理は、業員採用から退職までの全てを管理します。
採用に関しては、とても重要な事ですので、面接マニュアルなどを作成しておく事が大切です。何故ならば、話が進むと肝心な用件をもらしてしまう事が多いものです。そこで、マニュアルをチェックしながら確認を取って、店が求める理想的な人を採用する事です。
面接に関しては、一番重視するのが、身だしなみです。飲食店は、食べ物を扱うことから、清潔感のある人でなければいけません。どのように可愛い人でも不潔感がある人は不採用にすべきです。
また、言葉をはっきり話せない人もこの仕事に不向きです。お客の対応は、言葉によるからです。笑顔で、はきはきした口調で話せる人を採用すれば、教育トレーニングにおいても短期間でレベルアップすることが出来ます。
さらに、店舗までの通勤距離が長すぎる人は、敬遠すべきです。何故ならば、長期間勤務が難しいのです。一般企業や会社の場合と違って、飲食業は、勤務時間に変動がありますが、これに対応できなくなり、他の従業員との公平さにもかかわってきます。そればかりか、忙しい毎日ですので、本人の通勤時間が苦痛になり、短期間退職が多いものです。
きょうは、面接のポイントを紹介しました。
七夕の日に講演は何か良い縁結びの予感!
今日から7月に入ったが、暑さも一入。皆さんはいかがお過ごしですか!
私は、この暑さに弱く、だらしなくべろを出してへーへー言っています。
7月は七夕があり、昔は浴衣を着込んで平塚などの町へ電車で出掛けたものです。最近では、冬はクリスマスツリー、夏は七夕ツリーの復活と言うところでしょうか!
七夕様は、今年の筍から新竹へ成長した竹へ「織姫」「彦星」が「天の川」を通じて、今年も出会えますように短冊へ祈りをこめて書き、これを吊るすのですが、これに便乗して、自分の願い事もたくさん書くわけです。私の場合は、願い事が多すぎて祈りは通じませんでしたが!、これが終ると、七夕流しといって、川へこの七夕ツリーを流し、お盆に入るのでした。
暑さに弱い私ですが、今年はチャレンジする事にしました。チャレンジが私の生き様ですので当然ですが、7月にはセミナーや講演会が3件ありまして、頑張らなくてはなりません。
偶然にも七夕の日には、日本フードコーディネーター協会様の「2007年度2級実力養成講座」の講師、11日には東北電力さまの新潟三条市にて「電化厨房セミナー」の基調講演、そして、25日には弊社企画の「プロのための店舗塾」、開店や改装、飲食店の指導者達へ向けた実践塾です。
織姫と彦星が天の川を通じて一年に一回出会えるよう祈りながら、このセミナーや講演会を通じて多くの人との出会いに胸を膨らませています。
どうですか、仲間が欲しい方はこうした集まりに積極的に参加するよう心がけると必ず、良い仲間、良いパートナーが見つかりますよ!頑張って!

下手な趣味も役に立つ!
私は、若い頃から何へでも興味を持ちすぎるのが欠点である事を自覚している。
だから、趣味は釣りに始まり盆栽、音楽、書など多彩であるが、飛びぬけて優れていると言うものはない。
しかし、東京時計という会社に勤めた頃(17歳)からはじめたカルカッシ・ギターだけは先生について学んだものだ。よって、このギターだけは、手放した事がない。二年前に奮発して新しく買い換えたこのギターの音色は特別なものがあるが、今の私の技術ではギターが可哀想!何故ならば、最近では指も動かなくなり、音符も難しいものは読めなくなっているから!
そこで、最近、演歌の曲弾きを始めてみた。曲弾きなので音楽として聞いてもらえるかな〜と考えている。譜面なしで10曲ぐらい弾ける事を目標に、空いた時間に励んでいる。
ところが、若い頃にこの音楽を学んだ事により、わたしの料理に対する考えも変わってきた。
音楽にはその曲の中で強弱やトーンによって、聞き手に感動を与えられる事から、料理においても同じではないかと言う自分勝手な理論を作って自己満足してきた。
とくに、演奏会などの独奏では、譜面どおりに弾いていても聞き手に思いを伝える事ができない。そこで、コース料理や宴会料理などの献立には、この音楽の要領で料理のメロディーを考えた。この一品はお客様へ強烈なインパクトを!この料理で次の料理を引き立たせるなど。
おかげで、お客様に飽きられない献立を生む事ができた。
下手な趣味でも、創造性を働かせれば、何らかの役に立つものですよね。

導者の言葉!
私は、生まれて今日まで多くの人たちと出会い、たくさんの事を学ばせてもらった。
コンサルタントとしての師匠は、今は亡き、飲食店経営コンサルタントとして日本の草分け的存在であった「小熊辰夫先生」だが、先生はいつも優しく私の弱点や失敗を攻めたりする人ではなかった。冷静でしかも問題に対する解答を的確にアドバイスしてくれた。
尊敬する師匠から、私は自分の人生を振り返ってみると、とても比較できるものではない。
そんな私に、先生は「原田君、理論と言うものは、実践を繰り返して生まれるものだよ!」常にこう言って励ましてくれた。この先生の言葉が、料理人上がりの私に勇気を与えてくれ、ここまでこの仕事を続けてこれた。本当に心から感謝している。
私には、こうした師匠が何人も居た。料理人では東京飯店の経営者であった「張剣耀氏」ホテルオークラの故「伍貴倍氏」元近鉄代飯店の「烏如法氏」、行政指導者では「渡辺信夫氏」、そのほかにもあらゆる分野で師匠がいる。
私にこれらの師匠がいたからこそ、いろいろ学ばせてもらう事ができた。中国で活躍している彫刻師「袁耀先生」と親しくさせてもらっているが、彼に”師を持たない人間に成長はない!”と言われた事がある。私は決して成長しているとは思えないが、これから指導者の立場に立って、この先人達の教訓を後輩へ伝え残して行きたいと考えている。
実践で生きてきた人たちには、本物を知っているから本物を教えられるんだよね!本物を教えて終りたいね!
ひらめき!
人間の”ひらめき”には、侮れないノウハウが隠されている事が多い。
私は、就床時間が明け方に決まっている。それを知っている周りの人からは変人とか化け物など人間扱いされていない。たまには体のことを心配してくれる人もいるが・・・
しかし、かれこれ30年以上もこのスタイルの生活に慣れている私には、これが正常の就床時間であり、それでなければ生活のリズムが狂ってしまうのだ。
といって、昼間に睡魔が襲ってくる事など決しあるわけでもないのだから、この就床時間が私にとって健康なリズムであると考えている。
これまで、外食専門誌への長期連載を続けてきたが、原稿書きは、深夜一時過ぎのほうが俄然早い事に気づいた。つまり、この時間帯から私のひらめきが冴えて来るのだ。これまで考えても見なかったことなどが次々と浮かんできたりする。不思議な時間といってよい。
今日は、製粉メーカーへ打ち合わせ会議に出席した。前回クレームをつけておいた商品をメーカースタッフが完成させておいてくれた。この商品の味見をした途端に、夜中でもないのに、”ひらめき”が起こった。商品開発を得意としている私にとって、このひらめきは非常に嬉しかった!これで、ヒット商品が生まれるに違いない。そんな事を考えると、嬉しさで更に眠れそうもない!こうして、私は新商品開発に”ひらめき”に頼り切っている。
皆さんは、”ひらめき”が役に立った事はないですか?ひらめきは大切にしようね!

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