その日は、蒸し暑い一日だった。
昼を過ぎた頃、私は、事務所で社員と打ち合わせをしていた。
そこへ40歳そこそこであろうか、和服姿の美人が事務所へ私を訪ねてやってきた。
人目で何処かの”女将”風である。
「こちらは、原田先生の事務所でしょうか!」
事務所の入り口はもちろん、ドアにも我が社の社名看板がある。と言う事は、会社のお客ではなく、私個人のお客様に違いないが、私には彼女を見たことも無い。
事務員がその女性の近くまで寄って行き、「はい!そうですが、何か御用でしょうか?」
「ああ、良かったわ!先生はいらっしゃいます!」
「只今会議中ですが、お約束ですか?」
「いえ、突然ではお会いしていただけないのでしょうか!」
「少々お待ちください!先生に伺ってまいりますから。」
事務員とその女性のやり取りは、狭い事務所に筒抜けであった。会議は一段落していた。
「どのようなご用件でしょう!私が原田ですが・・」自らが出て挨拶をしたのである。
「ワァ〜良かったわ!お会いできないかと思いました。」
「ハア!どちら様でしょう」
「はい!わたくしは、満開ホテルの女将をやっております橋本と申します」
「そうですか!ここではなんですから、応接室へどうぞ!」
私は、何か訳ありと見て、彼女に気を使い、別室で伺うことにしたのである。
ソファーに腰を掛けると、
「実は、イタリアンハウスのママさんから、先生の事を紹介いただきまして、お約束もせずに大変失礼をいたします」
さすがは、ホテルの女将を勤めるだけの事はある。言葉遣い、その容姿全てが上品である。
「そして、ご用件とは?」
「はい!実はお恥ずかしい事なのですが、家の板前さんのことで先生にご相談に乗って頂けないかとおもいまして!」
「板前さんの事ですか」
彼女は、一瞬、顔をしかめながら話し始めたのである。