開業屋 原田 諦の飲食ビジネス情報  ≪飲食店指導実績 300社533店舗以上 日本一の飲食店・開業屋≫

自己決断が出来ないコンサルタント・マニアの経営者!


自己決断が出来ないコンサルタント・マニアの経営者!
このストーリーは、私のコンサルティング実例です。会社名人名は架空です。
昔ながらの友人であり、コック仲間が飲食店を経営して成功した。しかし、彼は、1店舗の経営者であり、常に二号店の模索をしていたのである。ある日、彼は私の事務所を訪ねてきた。

「原田さん!暫くです。随分有名になりましたね」
こんなお世辞を言いながら、要領よく経営で困っている事を聞き出して帰るのである。
「誰が!有名になんかなっていないじゃ〜。それよりあんたの方が有名じゃないの!」
「俺なんか、未だ駆け出しの経営者だから・・・」
そういって、まんざらでもなさそうである。
彼との付き合いは、かれこれ10年ぐらいになる。しかし、彼が店を出してからと言うものは余りあってはいなかったのだが、私がコンサルタント会社へ入社してから偶然再会したのであった。


「それはそうと、原田さん、俺ももう一軒店を出したいんだけど、力になってもらえないかな〜」
「別にいいけど、あんたはうちの会員じゃないか、社長に頼めばいいじゃ〜」
「でも、あの先生では、いつも決まった設計士で物凄く高い店しか作れないじゃ〜。だから、原田さんに頼みたいんだけど。」
「俺に頼んだって、会社で受けるしかないよ。それじゃ同じじゃない」
「頼むよ、個人的に見てよ」
「そんな事できないよ!俺も今はチーフコンサルタントだから、部下の手前もそんなことしたら、大変だよ」
「いいよ、俺が社長に頼んで、俺流のやり方でやらせてくれと頼んでみるから・・」
「本当に、ありがとう」

こうして、彼との約束で彼の店の計画を立てる事になったのである。しかし、私は、それから二ヵ月後、コンサルタント会社を退職する事になった。色々あったが、この会社で仕事をすることが嫌になったからである。
彼は、その会社の信者的会員であった事から、私についてくる事はなかった。しかし、電話では、「原田さん、二号店の計画は頼むよ」と、言って泣きついていたのであった。
早速、物件が見つかり、千葉県の繁華街に出店計画を立てる事になった。打ち合わせ会議は三回ほどであったが、中々決まらない。
私のほうは、すでにコンセプトを引いてあり、事業計画も完全に出来上がっていた。しかし、彼は、他の誰かにも相談しているらしい。
もしかして、私が勤めていたコンサル会社の社長ではないだろうか・・・。わたしは、嫌な予感がした。

私の感は当たっていた。前の社長にも相談していたのであった。つまり掛け持ちでコンサルタントに相談をしていたのだ。それだけならば、いいが、又別のコンサルタントにも相談をしていた。私は、こんな仕事をした事もない。これが企画コンペならばいいが、コンサルタントの比較では、たまったものではない。そこで、
「社長!私はこの仕事から手を引くから、よそのコンサルタントと組んでください」
体裁よく断ったのである。
自己決断が出来ないコンサルタント・マニアの経営者!(2)
このストーリーは、私のコンサルティング実例です。会社名人名は架空です。

昔ながらの友人であり、コック仲間が飲食店を経営して成功した。しかし、彼は、1店舗の経営者であり、常に二号店の模索をしていたのである。しかし、計画が完成すると、あちこちのコンサルタントに声を掛けていて、中々決断できないでいる。私は、このままではとても成功などできるはずはないものと考え手を引く事にしたのであった。

「原田さん!そんな事を言わないでよ!先生の言うとおりに開業するから、頼みますよ。これまでいろいろ出店の話を他のコンサルタントにしていたものだから、一応話しておかないと、と思って声を掛けただけだから・・。」


こういって、彼は、私が断った仕事をやらせようとしているのである。しかし、ここまで優柔不断では、これからが思いやられる。とくに、こうした考え方の理解が出来なければ、店はめちゃめちゃになってしまうからだ。
「原田さん!俺は先生のコンセプトに理解できるから大丈夫だよ」
私が完成させたコンセプトは、”銚子漁港”である。太平洋の荒波から捕獲した鮮魚をテーマにした居酒屋である。
この思いは、彼が銚子出身であった事から、完成させたものであった。こうして、店作りに入る事になったが、それからが大変である。資金が足らない。
そこで、今度はファイナンスシステムの指導をしなければならない。とても不安な状態である。銀行が出店資金の全てを融資できないという。そこで、国民金融公庫から環境衛生組合を通じて開業資金を借り入れ、残りは、商工会議所から地域活性資金を借り入れて、何とか間に合わせた。

プロジェクトは、全て私のグループでまかなう事にした。これは、以前のコンサルタント会社に仕事以来をしていない事から、これまで彼が付き合っていた業者を使えなかった事が原因である。
厨房、インテリアデザイン、内装業者などすべてプロジェクトでまかなう事にしたのである。工事が進み、店が少しずつ完成してくると、
彼は、あとから後から、工事の変更を言い出すのであった。プロジェクトメンバーは、私に文句を言ってくる。これは当然である。
作業工程表に基づいて工事を進めていることから、業者間のトラブルが起きやすい。そればかりか、追加工事になってしまう事から、私に対してどうにかしてくれと泣きこんでくる。

私は、彼に言い渡した。
「社長!デザイン設計の段階で了承した事を否定すると、全て追加工事になってしまい、追加費用が発生するよ。大丈夫だから、店が完成するまで任せてあげないと、業者がみんな手を引くと言っているよ」
「そうですか、でも、折角先生がコンセプトを作ってくれたのに何かあっていないような気がしてならないんですよ」
「そんな事はないよ、最初の会議のときにそれは確認したうえで、ゴーしたんじゃない。後は、ディスプレーやオブジェなどで最後の仕上げをすればいいよ」
私の予感は当たった。必ずいろいろ言い出すものと考えていたからであった。
自己決断が出来ないコンサルタント・マニアの経営者!(3)
このストーリーは、私のコンサルティング実例です。会社名人名は架空です。

昔ながらの友人であり、コック仲間が飲食店を経営して成功した。しかし、彼は、1店舗の経営者であり、常に二号店の模索をしていたのである。しかし、計画が完成すると、あちこちのコンサルタントに声を掛けていて、中々決断できないでいる。店舗の工事に入ったものの、また、彼の優柔不断さが問題になったのである。

内装工事の変更が多すぎて、業者はブーイングだ。このままでは業者が手を引いてしまうに違いない。私は、彼に業者に任せるように注意した。そして、やっと店舗が完成した。彼は、自らが厨房に入り、メニューの開発に挑んだのであるが、何しろ中華の料理人であることから、和食は出来ない。仕方がないので、私の顧問先に依頼して調理人を3ヶ月間借り受ける事にしてオープンする事になったのである。

店舗づくりには、デザイナーと私が銚子漁港までいって、廃船の一部を切り取ってきて、玄関周りのオブジェにして、玄関には、市場で使用する「トロ箱」を洗う水槽を作り、演出した。
店は、予想以上に繁盛した。計画を大きく上回り、彼も上機嫌だ。
「先生!お蔭様でこんなに繁盛しています。ありがとうございました」
「いや、まだ開店当時だから気を抜いては駄目だよ。これから色々調整しなければならない事があるから、社長も頑張ってください。それと、社長は思い込みが激しすぎるから、コンセプトが横道にずれる可能性があるので注意してくださいよ」
私は、彼の弱点を指摘して、返ろうとした。すると、
「先生!うちの会社の社員教育をしていただけませんかね!」

彼の回りは、コンサルタントだらけと言っても良いくらいだ。私は、受けるつもりがなかったが、従業員が私になついている事もあって、仕方なく引き受ける事にしたのである。
月に一日、茨城県の顧問先の帰りによって教育をすることにした。
ところが、営業が終ってからの従業員教育は、その都度朝方になってしまうのであった。
店長がある日、ホテルへ送ってくれた。しかし、彼は、社長の悪口ばかり。
彼はすでに10年以上の社長についているらしいが、上手く行っていない様子であった。
その原因は、何と、社長は店へ余り出ていないらしい。原因は、あちこちのセミナーへ出掛けて毎月、セミナー漬けになっていると言う。
「先生!社長は先生のコンセプトを無視して色々言うものですから、社員達が不信感を抱いているんですよ」
「ほう、どうして。」

「銚子漁港がテーマなのに、セミナーで知り合った社長と友人になったから、その社長から勧められたスペアリブ料理を出すとか、健康野菜にこだわるんだとか言い出すんですよ」
「それは困ったものだね!それでは銚子の野菜市場になってしまうじゃないか。」
「野菜料理があってもいいが、魚の副菜になっていなければ、お客が楽しさや魚の美味しさを失う事になるから、あんた達が説得してくれよ。私が言っていたといっていいからね」
「はい、そういっているんですが、色々な先生に店を見せびらかして自慢しているものですから、それらの先生が来るたびにメニューが変わったり、接客の方法が変わってしまうんです」
かれは、困惑している事を私に訴えているが、彼の部下も全員そう考えていると言う。
なるほど、繁盛店を、自慢するのはいいが、繁盛店になっているコンセプトの理解が全く出来ていないのか・・・。わたしはこのままでは、売上が低下する事を予想しお手いるのであった。
自己決断が出来ないコンサルタント・マニアの経営者!(4)
このストーリーは、私のコンサルティング実例です。会社名人名は架空です。

昔ながらの友人であり、コック仲間が飲食店を経営して成功した。しかし、彼は、1店舗の経営者であり、常に二号店の模索をしていたのである。しかし、計画が完成すると、あちこちのコンサルタントに声を掛けていて、中々決断できないでいる。店舗の工事に入ったものの、また、彼の優柔不断さが問題になったのである。

従業員の不信感を買った社長は、ますますビジネスセミナーの参加機会がおおくなり、店へはほとんど顔を出さなくなっていったのである。
その一方では、”銚子漁港”のコンセプトで開業した居酒屋は、近隣の大手の大型居酒屋を尻目に、行列を作るほどの繁盛店になっていったのである。

彼は、この繁盛店によって、いきなり有名経営者になり、尚一層経営コンサルタントとの交流を深めて行ったのであった。しかし、私は、そんな事を気にする必要もない事から、これまでどおりに従業員教育を続けていたのである。
そんなある日、彼は私にこんな事を言ってきた。
「先生!次はラーメン店を開業させようと考えているんですが、手伝ってもらえますか?」
わたしは、即答する事はできなかった。何故ならば、この経営者は、居酒屋の開店時にも優柔不断さから色々なトラブルを起こしている事と、ラーメンならば、彼も中華料理の職人であった事から、なおさら、混乱させる事になるだろうと考えたからである。
そこで、
「いや、私はラーメン店の手伝いは出来ないんですよ。ある大手のラーメン店を立ち上げているので、混乱してしまいますからね」

彼は、納得できない様子であったが、
「でも、元先生がいたコンサルタント会社では、ラーメンのコンサルは出来ないでしょう。お願いしますよ。」
「あなたがやればいいじゃないですか。ラーメンならば、それほどコンセプトが重要とは考えられませんし・・・。」
「そうですか、では仕方ないですね。でも、先生!色々相談には乗ってもらえるんでしょう」
「ええ、結構ですよ。でも、仕事と言うのはだれかれ聞いてもまとまらないものですよ。コンサルタントも一人に絞って聞いたほうがいいですよ。何故なら、コンサルタントの到達点は同じでも、そのプロセスが違うので、あなたも従業員も混乱してしまいますからね!」

私は、こう言って、ラーメン店の開業計画立案をお断りした。
そのご、彼は、友人のライバル店としてラーメン店を開業したと言うので、私は元の店長と店舗視察に行ったが、何ともレストランのようなラーメン店である。とても、おいしそうには見えない。これでは閉店させるのも時間の問題だろう。そう思いながら、店を後にしたのであった。
自己決断が出来ないコンサルタント・マニアの経営者!(最終回)
このストーリーは、私のコンサルティング実例です。会社名人名は架空です。

昔ながらの友人であり、コック仲間が飲食店を経営して成功した。しかし、彼は、1店舗の経営者であり、常に二号店の模索をしていたのである。しかし、計画が完成すると、あちこちのコンサルタントに声を掛けていて、中々決断できないでいる。店舗の工事に入ったものの、また、彼の優柔不断さが問題になったのである。

彼は、ラーメン店を出店したが、私がコンサルティングする事は無かった。そのわけは、彼が優柔不断であることと、色々なコンサルタントの意見を聞いて物事を決める性格である事から、他との差別化を図れるような強烈なコンセプトが完成する事は無いと感じたからであった。

彼が出したラーメン店は、私が考えていた通り、営業不振で困っていた。しかし、相変わらず交流のあるコンサルタントに相談しているためであろう、営業方針が定まっていない様子である。しかも、彼は中国料理人出身と言う事もあって、自由自在に色々工夫ができる。これが命取りになっているものと考えられた。
それから、暫くして私に相談があった。
「先生!やっぱり先生がいないと駄目ですよ。何とかラーメン店のコンサルをしてもらえませんか。私も悪い原因はわかっているんですが、忙しいためにどうしても従業員任せにしているので駄目なんですね。」
私は、呆れてものが言えなかった。自分の行動と計画の失敗を従業員のせいにして、その尻拭いを私にさせようとしているのだ。
「解っているならば、自分で活性したほうがいいですよ。私も、ご存知の通り、大手企業のらーめん店が大成功したばかりですので、当分は、ラーメン店のコンサルを控えようと考えているんです。

わたしは、きっぱりとお断りをした。
この経営者は、そのご、今度は大型飲食店の撤退物件でとんかつ店を開業したが、この店も売り上げ不振に陥って、この店をラーメン店へ業態変更した。
しかし、更に売上不振になり、経営は当初の「居酒屋」のみの経営になってしまったのである。
しかし、彼は性懲りも無く、全国のセミナーめぐりに精を出して、何とか経営を盛り返そうとしていた。そんなときに、元の店長が、この会社を退職したので私の事務所へ挨拶に来た。
当分私の会社で働かしてくれと言うので、研究所で雇用してみたが、なんと、彼もその社長に似て、口先ばかりでその能力は全くと言えるほど低いものであった。

そのご、私はこの元店長を解雇してしまったが、そのちょうど同じ頃、友人の会社でもとうとう、居酒屋までも手放したと言う情報が入った。
コンサルタントの仕事は、助言がルールであるが、それゆえに、いろいろな考え方によってアドバイスする。このアドバイスをそのまま受け入れるならば、複数の人間にコンサルを依頼すれば、この経営者のようになる事は当然とも言えるであろう。私は、経営コンサルタントとして、これ以来、優柔不断な経営者の顧問契約はお断りする事にしているのである。

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